電磁波基準値のICNIRPガイドラインとMPR-Ⅱガイドラインとは?

電磁波の基準値を示す時、よく引き合いに出されるガイドラインにICNIRPガイドラインとMPR-Ⅱガイドラインがあります。

電磁波基準値

※ 交流で発生する電場(電界)と磁場(磁界)が影響を与えるのではないかと言われています。

比較表を見ると同じガイドラインでも一目瞭然、数値の桁がかけ離れています。

人への影響を守るガイドラインでもこれだけ乖離していると戸惑いますので、それぞれの考え方を、みてみましょう。

ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)は、WHOの協力機関として1992年に設立され、50Hz/60Hzの電磁界ガイドラインは、1998年のICNIRPガイドラインに含まれます。

ICNIRPガイドラインの考え方

ICNIRPガイドラインの考え方※ は、

・電磁界による健康影響で、確立されているのは、中枢神経系、心臓などに誘導される電流の作用(50Hzでは100mA/m2で影響):短期的な影響とよぶ

・公衆の磁界ばく露は、50Hzにおいて、その1/50の2mA/m2以下に制限(基本制限という)

・長期的な影響(がんや白血病の発症など)との因果関係の証拠は弱いので、制限する根拠がない。

低周波電磁界においては、熱作用は考慮しないでよいことになっており、中枢神経系、心臓などに誘導される電流の作用とあるように、刺激作用・感電作用が起こる値からの知見からみると、十分低い値に沿ったガイドラインと言える理由です。

人の体内には、心電図や脳電図からも分かるように神経活動には電流が流れており、同程度の電流が外部の電磁界より発生すると刺激作用を起こします。

磁界が500~5,000μT(5,000~50,000mG)発生すると体内に電流が発生し、体内の組織1cm2あたり0.01ミリアンペアの電流が流れる磁界の値を設定し短期的な影響を回避するために必要なガイドラインとなっています。

短期的な影響は、科学的に立証されているので、ICNIRPガイドラインでは、短期的な影響のみにスポットをあてた、いわば体が物理的に反応を起こすことを防ぐためのガイドラインとも言えます。

一方で、長期的ばく露影響においての検証として、疫学研究や生物学的研究があります。

疫学研究では、スウェーデンのアールボム博士等により過去の疫学調査からのデータを再解析したプール分析があり、対象者選択に偏りの影響を受けた可能性があるとしてはいるものの、居住環境において、0.3μT~0.4μT以上(3mG~4mG以上)の磁界ばく露と小児白血病との間に、統計的に関連性が見られると発表しています。

その他疫学調査は各国で行われており、自殺率の増加や発ガンの可能性など無視できる内容とは言い難い研究報告も科学的に立証されていないといった理由から、ICNIRPガイドラインには反映されていないのが現状です。

MPR-Ⅱの生い立ち

MPR-Ⅱガイドラインの生い立ちは、三浦正悦著「電磁界の健康影響」に詳細が記載されています。

高圧送電線由来の磁界と同じ周波数の磁界を ※ VDTが漏洩していることから、一部の労働組合や作業者は健康への影響に不安を感じていた。この不安感から突出した行動を示したのがスウェーデンの労働組合で、スウェーデン政府に何らかの方策実施を要求した。その結果、基準値として採用できるような科学的な論拠は発見できず、ALARA(合理的に可能な限りできるだけ低くする)方針が選択されてMPRガイドラインの発行に結びついた。
1986年、規制案の制定あたって、市販されていたVDTの測定を行い、その中央値をもって基準値とすることが提案された。中央値を越えるモデルは、中央値以下のモデルと同水準の漏洩量までに技術的に改造できるであろうとして、ガイドラインが提案された。

※VDT(ビジュアルディスプレイターミナルの略)ブラウン管のディスプレイ。

私は、MPR-Ⅱガイドラインの生い立ちをこの書籍で初めて知った時、意外というかアバウトな考えというか科学的な論拠が発見できないなら、懸念されていた市販のVDTの測定を行いその中央値をもって基準値としてしまう流れに驚きました。

本当はもっと科学的な根拠があるはずだと思っていたからなのですが...

でもよく考えてみると、科学的な根拠が得られないからそのまま放置してしまうのではなく、できる範囲で最善の基準値を設けたことで、当時のVDTの開発に性能の追求だけではなく、磁界の漏洩を増大させない要素が加わり、結果として、作業者が浴びる磁界の強度は基準値内で抑える技術も進歩したであろうことは、容易に推測されます。

科学的な根拠が得られないから、何もしないではなく、必要に応じ最善と思われる対応策を制定してしまう原動力に感嘆してしまいました。

このような経緯でMPR-Ⅱガイドラインは制定されているので、磁界・電界の基準値が、今のところ長期的ばく露影響を及ぼす値より低いか高いかそれとも的を得ているのか、私には断言できるはずもありません。

科学的な根拠が無いから無視するか、あるいは科学的な根拠が無いからこそ体への影響が懸念される要因がある以上基準値は厳しく設定しておくことで、未然に回避すると考えるかは、各自選択の自由です。

今後の、疫学研究や生物学的研究の成果に注目していきたいと思います。